平板な人生を歩みたいと望んでいても、なかなかそうはいきません。
ときには、大きな波に翻弄されたり、坂道をヒーヒーと言いながら登るということもあります。
若くても年を取っていても、関係ありません。
困難や挫折というのは、生きている限り、嫌でも付きまとってくるものです。

しかし、私が思うのは、困難や挫折というのは、決して忌み嫌うものではないということです。
困難や挫折を経験しないと、人は、何でも自分の想い通りになると勘違いしてしまいます。
そして、自分が正しいと思うことを人に押し付けたりします。

人の気持ちなどわかろうとしません。
心の機微を感じ取れません。
まして、人が心の奥底に持っている悲しみに思いを寄せるなどいうことはできるはずがありません。

そういう人が、魅力的な人間になれるでしょうか。

少なくとも、医者としては失格です。
医者は、病気になって、憔悴して病院へやって来る人を相手にするわけです。
患者さんの心に目を向けずに診察も治療もできるはずがありません。
にもかかわらず、検査の数値だけで杓子定規に治療法を決めて、それで良しとしてしまいます。
これではいい医療ができるはずはありません。

困難や挫折があったら、これで、少しは自分が成長できると喜ぶべきです。
赤ちゃんが、何度も転びながら立ち上がったとき、みんなが大喜びします。
お祝いをします。
立ち上がろうとするからこそ転ぶのだし、転ぶという体験を重ねて、上手に立ち上がることができるのです。
困難や挫折は、立ち上がるためのステップです。
うれしいじゃないですか。