内に志を秘めて生きていけるかどうかは、人間の魅力を作り出すうえで、とても重要なものです。
志のある人は、仕事もうまくいきますし、同性にも異性にもモテますし、いいこと尽くめです。
なのに、ある時期から、多くの人が志をなくしてしまいます。
もったいない限りです。

志にもいろいろあります。
若いときには、出世したいとか成功したい、お金持ちになりたいというギラギラした志でもいいでしょう。
しかし、ある年齢になったら、もっと上品な志を持ちたいものです。

年を重ねて、体験を積んで、私たちがたどり着きたいのは、出世とか成功とかお金ではなくて、人としていかに成長できるかという志です。
聖賢の人、つまり聖者、賢者を目指すということです。

聖賢の人というのは、自分の内なるいのちのエネルギーを溢れ出させている人のことです。
あふれるほどに自分のいのちのエネルギーを高めるためには、「自分はこうありたい」という高い理想をもって、貫くことです。
決して生易しいことではありません。
次から次へとハードルがやってきます。
しかし、そこでひるんではいけません。
きたら跳ぶ、また来たら跳ぶ。
たまには足を引っかけて転んでしまうこともありますが、そこでまた立ち上がって、とにかく進み続けます。

そうすることで、いのちのエネルギーはどんどん高まっていきます。
応援してくれる人も増えてきます。
理想が少しずつ形になっていきます。

泥だらけになったりして、決してスマートな生き方とは言えないかもしれません。
志半ばで倒れてしまうこともあるかもしれません。
それでも突き進んでいく。
死ぬまで志を忘れない心意気が大切です。