杓子定規な考え方をしていると、必ず行き詰ります。
エネルギーに滞りが生じるのです。

例えば、「死」についての話題は、だいたい、しんみりとしたものになってしまいます。

しかし、そうじゃないかもしれません。
本当は、すごく快適で気持ちのいいものかもしれません。

私は、死後の世界がとても楽しみです。
というのは、先にあちらに行った人と会えるからです。
私は真っ先に家内のところへ行って、苦労をかけたことを謝らねばと思っています。

大阿闍梨の藤波源信さんによると、あちらの世界では好きな人ばかりが待っていてくれるそうです。
嫌な人とは合わなくていいのです。
そして、「お久しぶりです」といいながら一献傾け「あなたが旅立ってから、私はこんなことをやりましてね」と、自分がやってきたことを報告します。
そういうときが来るのが待ち遠しくてたまりません。

死はこういうものだという固定観念を捨てましょう。
そして、自分で好き勝手に、死とか死後の世界を作ってしまう。
死後の世界から帰ってきた人はいませんから、だれにも「それは違う」と非難する資格はないのです。
思う存分自分の世界が作れます。

そんな遊ぶ心を持ちながら、多くの人が忌み嫌っている老後のこと、病気のこと、死のことを考えてみると、人がいうのと違って、意外と面白いというところにたどり着きます。
そうなれば、怖いものなしです。