エンディングノートというものに目を通してみたことがあります。
要は遺言状です。
ざっと見ましたが、私には書くことがまったくありませんでした。

生と死は一続きだと、私は思っています。
死は、長い旅の通過点ですから、死に対して特別な心構えをすることはありません。
この世での役割を終えればさっさとあちらの世界へ旅立っていきます。
フーテンの寅さんが、だれも知らない間に、どこかに旅に出ていってしまうような感じが一番の望みです。
だから、エンディングノートも遺言も必要ないのです。

楊名時先生が、よく「空手来、空手去」ろおっしゃっていました。
つまり、何も持たずにやってきて、何も持たずに帰って行くとうことで、未練がましいことはするなということです。

お墓もいりません。
内モンゴルにあるホロンバイル大草原に散骨してもらうのがいいかもしれません。
何しろ、私のもっとも好きな場所です。
ここからエネルギーをもらったからこそ、頑張って仕事ができました。

私は死ぬまで働き続けます。

いつか死にますから、どこかでばたりと倒れるでしょう。
それは、どこでもけっこう。
できれば、キレイな看護師のふくよかな胸に顔をうずめて死にたいと冗談めかしていってきましたが、別に、孤独死であろうが、野垂れ死にであろうが、何でも構いません。

とにかく、死んだあとに病院をどうするかと、家族をどうするかなどを考えることにエネルギーを費やす気はありません。

とにかく、やれることを徹底的にやって、終わりが来れば、そこまでのこと。
あちらの世界の宴会に飛び込んで行きます。